great escape

 二階にある狭い教室。席は横が3列、縦が5列で、計15セットの机と椅子がある。真ん中の席に座っていた。やがて一人の女子がぼくから見て左にある出入口から教室に入ってきて、ぼくの右隣の席に座った。するとぼくは忘れ物を取りに行くために、席を立って教室を出、回れ右をし、階段で一階に下りた。そこにはこれまた細長の、同じ形の教室が二つ。階段を下りた先の手前の教室では、50代前半くらいのやせ型で強面の男性講師が右の教壇から受講生たちに向かって声を張り上げていた。酒にでも酔っているかのように見えるその講師はお笑い芸人の口上の台詞を真似て発声し、受講生たちにそれをリピートするように指図した。躊躇しながらも、半分ほどの受講生が気の進まない声で以てそれに従った。ぼくはそれを片目にその教室の前を通り過ぎ、奥の方の教室に、奥の方のドアから入った。そして後ろの方の席に座った。するとその時、先ほどの男性講師が、ぼくが入ってきたのと同じドアから、闖入してきた。彼はすぐさまドア付近の席に座っていた女子生徒を捕まえ、その顔を数回拳で殴った。この教室では、彼と年齢と体型が似通った、眼鏡をかけて頭の禿げかかった男性教師(M先生)が出講中だった。自分も含めた他の生徒たちと同じように、M先生がこの出来事にすぐに反応しなかったのが奇妙だったのだが、その男が女子生徒を殴る拳を止めないのでついに、「いい加減にしないと怒るよ、陸君」と言い、その男と対峙した。そして「備品の使用を認めろおー!!」と叫びながら大きなカゴのような物をその男の上から思い切り振り下ろして被せた。そうして抑え込もうとしたらしいが、無駄だった。男はそれを容易く払いのけた。黒板の前でその経緯を見守っていたのは高橋先生だった。彼が大人しい人物だということは知っていたが、M先生以上に助けに入る気がなさそうなのがもどかしかった。男は腕が四本に増えていた。すでにやられたM先生に続いて、高橋先生も捕まった。男は高橋先生の顔をたくさん殴った。もう生きてはいないだろうと思われるまでエネルギッシュに殴り続けた。次に、勇敢な二人の男子生徒が男に突っかかっていった。しかしこれまた右の二本の腕に簡単に捕まってしまった。左の手では初めに殴った女子生徒を捕まえていた。ぼくはついにいてもたってもいられず、敵に立ち向かっていった。そして四本目の腕に捕まった。殴られた。
 気が付くと、援軍が来たようで、その男は取り押さえられていた。その正体は狼だった。多くの人が狭い部屋でそいつを取り囲んでいた。被害を受けた女子生徒の父親もいた。その時だった。ぼくは自分がその狼になっていることに気が付いた。奴の策に嵌ったのだ。女子生徒の父親が偉い形相で睨んでくる。勘弁してくれ。ぼくは彼女を助けようとしたのだ。やがて、女性の麻酔科医が来て、狼の顔を覗き込んだ。安楽死をさせようとしているらしかった。冗談じゃない。麻酔科医はまず、宗教的なお祈りのために顔を近づけてきた。その時、彼女の顔とぼくの顔の間にディスプレイが表示された。彼女が使うために発動させたものらしかったが、右に縦に並んだアイコンの中に時計の絵を見つけたぼくは、すかさずそれを右手の人差し指でクリックした。その瞬間、時間が止まった。自分は問題なく動けるが、そこにいた他の人たちの動きが止まった。だが被害少女の父親だけはゆっくりながらも身体が動いていた。ぼくは大急ぎで、僅かに開いたドアの隙間から逃れた。赤いカーペットが敷かれた階段を下り、玄関のドアを開けて外に出ると、そこは山の上だった。今までいた建物はお寺のような外観をしていた。ぼくは間を置かず、大空に向けて身体を舞い上がらせた。すると、ニュージーランドの美しい山、川、海が眼下いっぱいに瞬く間に広がった。大自然そのものだった。それらは本当に美しかった。川と海は純粋無垢な光をコバルトブルーの水面に鮮やかに反射させており、山は艶やかな深緑の色に煌めいていた。ともかく、このまま日本まで飛んでいって、逃亡を果たそうと思った。山や川の間に隠れるように連なっている幹線道路の途中に、谷の上に聳え立つ、訪れたことのある宿泊施設を見つけた。これを目印に日本の方角が辿れそうだと思った。おそらくヘルメスの羽根は日本までは持たないだろう。でも、夢なので全てが思い通りになりそうな気がした。何よりも、万一捕まりそうになったら目が覚めるだろうと思うとただただ気が楽だった。


 低空飛行に移ったぼくの前に、台湾の桃園駅のような、東京の立川駅のような、蒼色の光を放つ近代的な駅が現れた。昇りのエスカレーターに乗っている高校1年生の男子生徒は模試の結果を見ながら友人と冗談を交わしていた。


 目が覚めた後、暫く浮遊感が続いた。